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東京高等裁判所 平成12年(行コ)177号 判決

控訴人

右訴訟代理人弁護士

野﨑研二

被控訴人

本所税務署長 奥山德幸

右指定代理人

田中芳樹

川上昌

釜塚慶秀

江島勝信

深山里江

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し、平成八年三月一五日付けでした平成四年分の所得税の更正処分のうち納付すべき税額二五八万三四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

本件は、被控訴人が、控訴人は相続により取得した不動産(本件二階三室)を他に譲渡したとして、その譲渡に係る所得は分離長期譲渡所得に当たることを前提に行った所得税更正処分のうち納付すべき税額二五八万三四〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分について、控訴人がその取消しを求めた事案である。

すなわち、イ 被相続人乙(控訴人の夫)の遺産分割調停において成立した本件調停の骨子は、〈1〉当事者全員は、本件六室、現金二〇〇万円、預金一三八二万八九三七円及び合資会社Aの持分二六〇〇口が、乙の遺産であることを確認する、〈2〉控訴人(本件調停の申立人)は、右遺産の全てを単独取得する、〈3〉控訴人は他の相続人らに対し、右遺産を取得した代償として、合計六〇〇〇万円の支払義務のあることを認め、これを一定の方法で支払う、などというものであった。ロ 控訴人は、本件調停成立に先立ち、本件二階三室を丙に代金七七〇〇万円で売り渡す旨の契約を締結して手付金を受領したのち、本件調停成立後に残代金の支払を受け、そのうちから右六〇〇〇万円を他の相続人らに支払い、右支払完了の直前ころ本件二階三室について、平成元年九月二八日相続を原因とする所有権移転登記を経由した上で、丙に売買を原因とする所有権移転登記手続を行った。ハ 控訴人は、平成五年三月一六日、平成四年分の所得税について本件確定申告を、平成八年三月一四日、右所得税についての本件修正申告をそれぞれ行ったが、そのいずれの際にも、控訴人は、遺産分割調停によって本件二階三室を取得した他の相続人らに六〇〇〇万円を支払って、これを買い取って取得した上で丙に七七〇〇万円で譲渡したのであるから、本件譲渡による所得は分離短期譲渡所得に該当すると主張し、右六〇〇〇万円が取得費であり、本件弁護士費用四〇〇万円を含む一〇四一万円が譲渡に要した費用であるから、その合計七〇四一万円が必要経費であると主張して、これを収入金額七七〇〇万円から控除した六五九万円を分離短期譲渡所得として申告した。ニ これに対して被控訴人は、平成八年三月一五日、控訴人に対し、控訴人は乙から相続により本件二階三室を取得したのであるから、本件譲渡所得は分離長期譲渡所得に該当し、右六〇〇〇万円は取得費に該当せず、本件弁護士費用四〇〇万円も譲渡に要した費用に該当しないとして、平成四年分の所得税の本件更正処分及び過少申告加算税の本件賦課決定処分を行った。ホ そこで、控訴人は、被控訴人を相手取り、前示のとおり、本件各処分の取消しを求めて本件訴訟を提起した。

以上の前提事実をはじめとするその余の事案の概要は、原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」欄記載のとおりである(ただし、原判決三頁一〇行目の「原告」を「乙」に改める。)。

右事案の概要によれば、原審における主な争点は、〈1〉控訴人が他の相続人らに代償金合計六〇〇〇万円の支払義務を負担することにより本件二階三室を単独相続したのか、それとも、本件調停により、他の相続人らがこれを共同相続し、控訴人が他の相続人らからこれを代金六〇〇〇万円で買い受けたのか、又は、本件調停により、他の相続人らがこれを共同相続した上で丙に売却し、その換価代金から譲渡に要した費用や控訴人に対する報酬を控除した残額六〇〇〇万円をこの相続人らの間で分割したのか、〈2〉本件調停による遺産分割に合意する旨の控訴人の意思表示が錯誤により無効であるといえるか、などであった。

右の原審における主な争点等については原審は、控訴人は、本件調停条項記載のとおり、本件調停による遺産分割の結果、他の相続人らに代償金合計六〇〇〇万円の支払義務を負担して本件二階三室を単独相続したものであり、控訴人主張に係る錯誤を認めることもできないなどと判示して、被控訴人のした本件各処分はいずれも適法であると認め、控訴人の本件請求をいずれも理由がないとして棄却した。

そこで、右原判決を不服として控訴人から提起されたのが本件控訴事件である。

当審での争点も原審におけると同様であって、前記〈1〉及び〈2〉が主な争点である。

第三当裁判所の判断

当裁判所も、被控訴人のした本件各処分はいずれも適法であって、右各処分の取消しを求める控訴人の本件請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由については、次のとおり付加するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決三三頁二行目の「同一〇六」を「同一〇」に改める。)。

控訴人は、本件調停条項が「代償分割」と表記されているのは、他の相続人らの意思や希望の結果ではなく、また、控訴人の積極的な意思、希望、意欲の結果でないことは明らかであり、控訴人としては、終始一貫して持続していた意欲に基づき、その解決と履行の方法としての本件二階三室の転売に努力した結果、その目処が立ち、買取代金六〇〇〇万円の支払が可能となったので、本件調停を成立させたのであり、したがって、右本件調停条項の表記文言にかかわらず、控訴人及び他の相続人ら間で本件二階三室の売買がされたか、若しくは他の相続人らが本件二階三室を共同相続した上で丙に売却し、その換価代金から譲渡に要した費用等を控除した残額六〇〇〇万円を他の相続人らの間で分割する換価分割が行われたものと認めるべきである旨主張する。

しかしながら、被相続人乙の遺産に関する控訴人及び他の相続人らとの間において本件遺産分割調停が成立するに至るまでの経緯に徴すると、原判決がその争点に対する判断において詳細に説示するとおり、控訴人は、遺産分割調停手続の当初においては、本件二階三室は他の相続人らにおいて取得することを希望し、控訴人自身がこれを取得することは望んでいなかったものの、金銭の取得を希望する他の相続人らとの交渉を通じて、その提案内容をも変化させてゆき、途中、他の相続人らが本件二階三室を相続によって取得した上でこれを控訴人に売却することを内容とする提案を行ったりした後、最終的には、右の提案内容とも異なり、本件調停条項で表記された文言どおりの内容である代償分割を内容とする本件調停条項により本件調停を成立させるに至ったものであり、この内容は、他の相続人らの意向、すなわち、右の調停手続において一貫して金銭の取得を希望し続け、一旦本件二階三室を取得した上でこれを控訴人に売却する方法による解決を図るとの認識ではなく、むしろ金銭を取得することによって遺産分割を決着させたいとの意向、にも合致するものということができる。控訴人において、本件調停成立時点において、内心、本件二階三室を他の相続人らが相続すべきとの意向をたとえ有していたとしても、他の相続人らは本件調停成立まで終始一貫して本件二階三室を共有で取得するのではなく金銭取得によって解決することを望んでいたのであり、控訴人のそのような内心の意向を知ることのできる状況にあったともいえない。したがって、控訴人は、本件調停条項記載のとおり、双方の合意が成立し、右調停による遺産分割の結果、他の相続人らに代償金合計六〇〇〇万円の支払義務を負担して本件二階三室を単独相続したと認めるべきであり、この結果と異なる内容を言う控訴人の右主張は採用できない。

以上によれば、右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤瑩子 裁判官 鈴木敏之 裁判官 小池一利)

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